久々のブログ更新の第二弾!
またまた町内の神事の話題です
鹿角市花輪町の総鎮守神である幸稲荷神社
通称 産土神社での恒例行事
春の「お日待」神事です

この行事には諸説色々とあるようですが
町の長老達のお話では春の日差しが暖かく登り出したこの時期
昇りゆくお日様を拝み
五穀豊穣 町内安全 家内安泰を願い神事を執り行うとのことです
厳かで静寂につつまれた中で神事は行われました

「お日待」について少ししらべてみました
Wikipediaでは
庚申待(こうしんまち)とは、日本の民間信仰で、庚申の日に神仏を祀って徹夜をする行事である。宵庚申、おさる待ちなどともいう。庚申待は通常、村単位など集団で行われ、その集り(講)のことを庚申講(こうしんこう)、庚申会(こうしんえ)、
お日待ちなどという。
庚申待は中国の民俗宗教である道教の伝説に基づくものである。人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子・彭常子・命児子)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(「閻魔大王」とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。これが庚申待である[1]。庚申待を3年18回続けた記念に建立されたのが庚申塔で、今も各地に残っている。
日本には古くから伝わっていたものと考えられており、『枕草子』にも庚申待の話が登場する。江戸時代に入ってから、民間にも広まった。庚申信仰は今では廃れたが、親睦会などに名前を変えて今でも庚申待を行っている地方もある。
仏教では、庚申の本尊を青面金剛および帝釈天に、神道では猿田彦神としている。これは、庚申の「申」が猿田彦の猿と結び付けられたものと考えられる。また、猿が庚申の使いとされ、庚申塔には「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られることが多かった。山王信仰(三猿信仰)もここから生まれたとされている。
また
鹿角の年中行事などを紹介するサイトでは
十九日 〈郷内行事 -
お日待(お日祭とも)〉
旧暦の二月十九日には豊作を祈り、秋の九月十九日には豊穣に感謝する祭日です。こ
れは花輪の町内(横町・新町・六日町など)の産土神のお祭りで、十九日は夜を徹して
飲食し、翌二十日は早暁の日の出を拝みます。十九日の料理は精進料理と云います。
総じて考えてみますに
色々な願いを込めて神々を祀り 飲んで食べて夜通しお酒をいただき
暖かに登るお日様に願いを込めて拝む古来からの伝統行事なんですね〜
長かった冬も終わり ここ鹿角市花輪にもようやく春がきたってことですね
この神事に続きいよいよ花輪ばやしの神事に向かってまいります!!